[Album Review]Frank Ocean – blond ~翼を手に入れたスターが誘うR’n’Bの新たな地平

最後に、このアルバムをバズらせるのに一役も二役も買った驚きのリリース方法に触れておきたい。フランク・オーシャンは『channel ORANGE』でデビューする際に、世界的な音楽レーベル、ユニバーサル傘下のデフ・ジャムと契約している。ところが今回の『blond』は、デフ・ジャムではなく、フランクの自主レーベルからのリリースなのだ。

実は、デフ・ジャムからは『blond』発売の前日に、Endless』という名の45分間の音楽付き映像作品がビジュアル・アルバムとして別にリリースされている。当日ネット上では、「これが噂の新作か!?」と一時騒然。しかし、その内容は、フランクが木材を加工してらせん階段を作る様子が延々と流れるモノクロームの謎すぎるビデオで、うしろで流れる音楽も、アイディアの断片のようなものや、デモ音源のようなクオリティもの、トリの曲なんて歌も曲もフランクの作品と思えないダークなエレクトロ・チューン(のちに『blond』のカバー写真を撮ったフォトグラファー、ヴォルフガング・ティルマンスによるものと判明)で、大ヒットした『channel ORANGE』に続く作品としては、売れる要素が薄すぎるものだった。

その翌日に、今度はアップルミュージック/iTunesストアの独占配信と、L.A.・ニューヨーク・シカゴ・ロンドンの4都市に突如現れたポップ・アップ・ショップでの300ページ超のフリーZINE付フィジカル・リリースで『blond』が発売となり、ふたたびネット上は噂が噂をよぶ大騒ぎに。(ちなみにフィジカル・リリースのほうは、『blonde』というタイトルで、別バージョンのレコーディングやボーナストラックが入っている。)

4都市でのポップ・アップ・ショップの告知Tumblrポスト

4都市でのポップ・アップ・ショップの告知Tumblrポスト

つまり、今回彼が行ったのは、残る契約内容消化のために、B面的なアルバムでデフ・ジャムをけむに巻き、表の作品は自主レーベルから、というゲリラ作戦的なリリースだったのだ。冒頭に書いた出る出る詐欺による期待感の高まりと、この衝撃のリリース方法により、『Endless』と合わせて大きな注目を浴びることとなった『blond』は発売初週276000枚の売上でビルボード1位を獲得した(Endless』はアルバム・フォーマットが特殊なため、チャート集計対象外)。この数字は、2016年実績ではドレイクの『Vuse』、ビヨンセの『Lemonade』に続く3位というのだから、デフ・ジャムとしては非常に大きな売上を取り逃したということになる。

フランク・オーシャンは200万ドルといわれる『blond(e)』のレコーディング費をきっちりデフ・ジャムに支払ったと言われており、今回の件について今のところ巨人・ユニバーサルからのコメントは出ていない。しかし今後、訴訟沙汰にならないとも限らないずいぶん危うい手をつかったものだ。ここのところ、リアーナやカニエ・ウエストがストリーミング・サービスTIDAL限定のアルバム先行リリースを行うなど、変則的なリリースが散見されるようになってきていたが、『blond』によってSNSを駆使したセルフ・マーケティングでここまでプロモーションできるという事例ができ、自主レーベルからのリリースになったことによりフランク・オーシャンが『blond』の売上から得るロイヤルティの割合が14%から70%に増えたということは、ストリーミング・サービスが群雄割拠し、音楽の聞かれかたがますます広がる21世紀におけるレーベルとアーティストの関係性に一石を投じる事件であったに違いない。

本作の4曲目『Be Yourself』は、フランク・オーシャンの母親がフランクに宛てて留守電に残したメッセージという体のインタールードで、大学生のフランクに向けて、「アルコールもドラッグもあなたをダメ人間にするからやめなさいよ」とたしなめる内容だ。ドラッグがバンバン出てくる前後の曲との対比でなんとも言えないおかしみを生んでいるこのインタールードだが、その中にこんなラインがある。

 “Don’t try to be someone else. Don’t try to be like someone else, don’t try to act like someone else, be yourself. Be secure with yourself. Rely and trust upon your own decisions. On your own beliefs.(誰か別の人間になろうとしないで。あなたらしくいることに自信をもって、自分の決断を、考えを信じて)

母への敬愛を隠さないフランクが、『channel ORANGE』でつかんだ成功の後、環境や周りの人の変化に接して孤独感を募らせ、レーベルとの関係にはフラストレーションを溜めるなかで、レーベルと袂を分ち、制約なきクリエイションを勝ち取るための行動に移る決断へ至る道のりで、この母の言葉は大きく彼の背中を押すものだった違いない。弟とも仲の良さそうなフランクが、家族との絆と、多くのアーティストからの暖かいサポートを武器に勝ち取った多面体の宝石箱のような果実。使えるオフィシャルMVなどがなく、これ以上のものをお伝えできないのが歯がゆいのだが、もしここまで辛抱強く読んでいただけたなら絶対後悔はさせないので、ぜひともこちらから聞いてみてほしい。

Text: Minaë Tani

Special thanks to Will LaFleur for lyric interpretation.

 

 

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