北米産ブラック・ミュージックが圧勝中の2016年の一枚に名乗りを上げる、マイケル・キワヌーカの新作『Love & Hate』の語るべき5つのポイント

③ ピンク・フロイド経由のソウル・ミュージックという斬新さ

②では、本作が彼の従来のイメージを一新する音楽性になっているということを、「Black Man In A White World」を例に述べましたが、ここではその点をアルバム全体に広げてみたいと思います。 まずこのアルバム、『Love & Hate』を再生して最初に驚かされるのは冒頭の「Cold Little Heart」です。

誰が予想したか10分近いこのオープニング・トラックを聴けば、このアルバムが全くもってソウルやフォークのアルバムではないことに気づかされるはず。5分に渡って続くインストゥルメンタルのパートでは、美しいストリングス、ゆっくりと一音ずつ聴こえるように鳴らされるピアノの和音、聖歌隊のようなコーラス、そしてブルージーなギターのそれぞれが幻想的な空間を演出しています。これはさながらピンク・フロイドの『Wish You Were Here』の冒頭を飾る20分以上に及ぶ「Shine On Your Crazy Diamond」のようであり、キワヌーカ自身が弾く美しい泣きのギターはあのデヴィッド・ギルモアを思い出させます。

そう、この「Cold Little Heart」が象徴するようにこのアルバムは、ソウルやフォークという彼のルーツをさながらピンク・フロイドのようなプログレッシブ・ロックを経由したサウンドで表現しているのです。 プログレ要素はサウンドそのものだけに留まりません。例えば終盤の「Father’s Child」ではトーンが一気に落ち、夜の静けさを感じさせるピアノの伴奏が始まり、クライマックスの美しいバラード「The Final Frame」に備えられます。

このあたりはピンク・フロイドの『Dark Side of The Moon』でいうところの、「Us And Them」~「Anycolor You Like」辺りの質感と似たものを感じずにはいられません。アルバムの中で一つのドラマが描かれるようなあたりもプログレ的といえましょう。 ブラック・ミュージックのアーティストでここまでピンク・フロイドの影響を巧みに昇華するアーティストがこれまでいたでしょうか。2枚目にしてキワヌーカの才能がホンモノであることが証明されたともいえましょう。

④プロダクションの素晴らしさこそ2016年的

この『Love & Hate』を傑作たらせたのは、キワヌーカ自身のソング・ライティングは勿論のことですが、そのポスト・プロダクションの素晴らしさによる部分も大きいという点をここで述べておきましょう。 例えば、スウィングするリズムと明るい調子のサキソフォンが印象的な「One More Night」はエイミー・ワインハウスやアラバマ・シェイクスが成し遂げたようなソウル・ミュージックの伝統性とモダンな大衆性を見事に両立した楽曲です。キワヌーカの場合、前作ではプロダクションの面でも、伝統的なソウル、フォークを思わせるような聴かせ方をさせていましたが、今回はそこから脱し、より現代的なポップさ、そして前述の通りプログレ並みの壮大な雰囲気づくりを心掛けているように思えます。

しかし、より多くのリスナーを引き込ませるためにポップとドラマを持ち込んだといっても、メロディのキャッチ―さから、曲のテンションの緩急、コーラスや各楽器のエコー、ギターの歪ませ加減など何から何まで適度であるために、ポップ過ぎず、過剰にドラマチックにもならず、その結果が全英1位という成績のとおり、従来のソウル、フォーク・ファンだけでなく、幅広い層に聴かせられるようなアルバムになっているといえます。完璧な尺度でプロダクションとミキシングのコントロールがされたことがその要因といえましょう。 本作のこうしたポスト・プロダクションの巧みさは、あらゆる楽器の鳴らされ方、そしてその処理の施され方において、2015年数ある素晴らしい作品の中で群を抜いて輝いていたあのアラバマ・シェイクスの『Sound & Color』と、土台となるジャンルも含めて大きく共通しているといえます。2016年、その『Sound &Color』はグラミー賞において録音の部門を含む4部門を受賞し、こうした作品が現代でさえ時代の象徴たり得ることが証明されました。その方法に倣っている、という意味でもキワヌーカの『Love & Hate』は極めて2016年的な作品といえましょう。

⑤ デンジャー・マウス御大による新たな歴史的産物

④では、『Love & Hate』のプロダクションの素晴らしさが極めて2016年的だと述べましたが、本作では、デンジャー・マウスがほぼ全編で作曲とプロダクションに関わっており、④で述べた点の立役者は紛れもなく彼なのです。そして、このルーツ性とモダンな大衆性の優れたバランスという点は彼のこれまでのプロダクション・ワークとも共通しています。 例えば、シーロ・グリーンとのデュオ、ナールズ・バークレーで2007年にリリースしたアルバム『St. Elsewhere』では、「Crazy」の全英シングルチャートで9週連続1位、アメリカでも年間チャートで7位という記録が象徴するように、ソウル、ファンクを下地にしながらもメインストリームのど真ん中で圧勝し、グラミー賞の主要2部門にノミネートし、その年を代表する作品となりました。

そして、ブラック・キーズの『Attack & Release』 以降のプロダクションでは、そのキャッチ―なギター・リフを最大限に生かすことで、地味なブルース・デュオだった彼らを、一気にグラミー賞受賞含め、3作連続全米3位以内をマークする大人気バンドへとブレイクさせることに貢献しました。

この2つのプロダクション・ワークで共通するのは、ややもすれば地味でレトロだとも言われかねないサウンドを、メインストリームのど真ん中や、アリーナ映えもするアンセミックなロック・サウンドへと変換することで、軽々と時代の象徴たる作品を産み落としたということです。 ともすれば、ファースト・アルバムであれだけソウルやフォークのルーツに倣ったソング・ライティング、プロダクションを行っていたキワヌーカの殻を破ってよりモダンなアーティストに進化させるのには、デンジャー・マウス以上に適任な人材はいなかったのです。この『Love & Hate』はそうした点において、前述のデンジャー・マウスのこれまでのプロダクション・ワークと並べられる歴史的な作品ともいえるのです。 というわけで、この『Love & Hate』はそのテーマ性、プロダクションからして極めて2016年的でありながらも、ポップ・ミュージックの偉大な歴史にも並べられる素晴らしい作品なのです。そして、ビヨンセのようにあらゆる現場から役者を揃えてこなくても、カニエ・ウエストやドレイクのように一日としてニュースから名前を聞かない日がないようなアーティストでなくとも、キワヌーカはそれらの作品と対等に勝負を出来る一枚を産み出したのです。このアルバムを聴かずに2016年のシーンは語れません。

Love & Hate Love & Hate
Michael Kiwanuka

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