北米産ブラック・ミュージックが圧勝中の2016年の一枚に名乗りを上げる、マイケル・キワヌーカの新作『Love & Hate』の語るべき5つのポイント

早いもので2016年も残すところあと3分の1。カニエ・ウエスト、ドレイク、ビヨンセそしてチャンス・ザ・ラッパーなど、今年も話題性という意味でも、批評的に優れていたという意味でも広い意味で北米のブラック・ミュージック・シーンが圧勝中。レディオヘッドと、惜しまれつつリリース日に亡くなってしまったデヴィッド・ボウイという2組の巨頭を除けば、このシーン以外からの作品で、世界的に聴かれた、あるいは評価された作品は見つけづらいのが事実でしょう。もちろん、いまどきアルバムというフォーマットに拘らなくなった人も少なくないはず。筆者も一枚のアルバムを丸々聴く頻度は年々減りつつあります。ただ、アルバム単位か曲単位かということを抜きにしても、世界を見渡せば盛り上がっているシーンはいくつもあってもどれもがやや局所的であるだけに、2016年を象徴するものとなり得るかどうかは年末になってみないとまだわからない。そんな、昨年の流れを引きずった2016年のポップ・ミュージック・シーンに英国から堂々と勝負を打ったのが、誰がここまで期待したのか、本稿の主役、マイケル・キワヌーカのセカンド・アルバム、『Love & Hate』です。今日的なテーマを扱いそれを叙情的な雰囲気を通して表現しているこの作品は、ビヨンセの『Lemonade』レディオヘッドの『A Moon Shaped Pool』の間に位置付けられるほどの凄みを持っています。

まず、本論に進む前にそうした見方が決して大袈裟でないことをわかっていただくために、本作に関する事実をあらかじめ2つ挙げてしまいましょう。まず、1)英国のアルバム・チャートでは初登場1位を獲得し商業的成功を達成しております。2) そして、マーキュリー・プライズへのノミネートに加えて、あらゆる批評媒体のレビューの点数を平均化するサイトMetacriticでは、10以上の媒体から批評対象とされた2016年のあらゆるアルバムの中で7番目の高評価を獲得しています。後者からは本作が本国英国のみならず、北米のメディアでも軒並み高評価を得ていることがわかっていただけるのではないでしょうか。チャートや批評の点数を気にしているのはダサいという声もあるかもしれませんが、どんなに音楽の聴かれ方が細分化しても、数字は客観的事実を物語ります。もうこの時点で、本作に大きな期待を抱いて問題ないのです。 本稿ではそのマイケル・キワヌーカの新作、『Love & Hate』を、国内盤のリリースがない日本では少しわかりづらい彼の現行のポップ・ミュージック・シーンにおける立ち位置にも触れながら、2016年の中心に在るこのアルバムの語るべき5つのポイントを解説します。 (山本大地)michael kiwanuka

① 2016年の数少ない “英国産の” 優れた作品に

毎週英国のヒット・チャートのチェックを欠かさず行っている筆者ですが、もうここ数か月はその面白みのなさにガッカリし続けています。というのも、特にシングル・チャートでは、トップ10のほとんどの楽曲がアメリカでも同時にヒットしている、もしくはアメリカでも同じくらい人気を獲得しているアーティストの次のシングルだったりするのです。もちろん、ストリーミング・サービスやネット・メディアの影響の強いいまどき、北米、欧州そして豪州とヒット・チャートが世界的に同時進行するのは不思議なことではありませんが、英国のチャートに自国産の音楽が少ないことはやはり寂しいものです。英国の音楽シーンは、1960年代以降のポップ・ミュージックの歴史において、ほぼ一時の隙も無く世界中で聴かれるような時代を象徴する作品を輩出してきたにも関わらず、2016年は一部のグライムやベース・ミュージックのシーンを除けば歴史上最も血迷っている時代かもしれません。 そんな2016年の夏に、自国産の若手シンガーの優れた作品が初登場1位を獲得するという出来事は英国シーンにとって久々の明るいニュースなのです。肝心の「優れた」という点についてはこの後じっくり語らせていただきますのでご心配なく。

② 時代にフィットした、従来のイメージを一新するスタイルでカムバック

キワヌーカは2012年、その年の活躍が期待される新人のリスト、 “BBC Sound of” で1位に選ばれるという、鮮烈なデビューを果たします。当時の彼のスタイルはオーティス・レディングビル・ウィザーズなどが引き合いに出される伝統的なソウルや、フォークに倣ったもの。英国出身のシンガー・ソングライターとしては、大雑把にいえば00年台半ば以降のパオロ・ヌティーニやエド・シーラン、その翌2013年にはブリット・アワードを受賞することとなるベン・ハワードらのようなアダルトなシンガー・ソングライターの系譜にもフィットしていました。

しかし、そのウェルメイドなメロディ・ラインや前述のシンガーを思わせるソウルフルな歌声が規格外の才能を感じさせる一方、その音楽性からして「レトロ」とレッテルを貼られてしまうことも少なくありませんでした。もちろんアルバム『Home Again』は多くの批評メディアで称賛され、チャートでも初登場4位の成績を残しますが、エリー・ゴールディングハイム、そしてサム・スミスといったその前後の年の “Sound of” のウィナーと比べると、作品はさほどロングヒットをせず、1年後、2年後まで残したインパクトは少し寂しいものもありました。 キワヌーカはその後本作『Love & Hate』のリリースまで約4年のブランクを開けてしまうこととなりますが、その間英米のポップ・ミュージックのシーンは、2014年以降の #BlackLivesMatter ムーブメントにも刺激を受けたディアンジェロケンドリック・ラマーに端を発する、コンシャスなブラック・ミュージックが時代を象徴するものとなっていきます。そして、インディ・シーンではリオン・ブリッジズアラバマ・シェイクスなどソウル・ミュージックをアップデートするアーティストのアルバムもしっかりと支持を得ており、長いブランクはあったものの彼のアウトプット次第ではシーンの中心に再びカムバックすることも難しくはない状況になっていました。

そんな中で今春公開された先行シングル「Black Man In A White World」は、バックで繰り返されるそのストレートなタイトル、そしてモノクロの背景に一人のアフロ・アメリカンの青年を移したミュージック・ビデオからして前述のコンシャスなブラック・ミュージックの流れに明らかに呼応する一曲。独裁政権下のウガンダから逃れてきた両親を持つ彼の独自のスタンスから今日的なテーマを歌っています。そして、何よりこちらを駆り立てるハンドクラップのリズムがファンクに変わり、そこにゴスペル風のコーラスも加わるといういままでのキワヌーカにはなかったキャッチーな一曲です。約4年の沈黙もあってこのまま影の薄い存在になってしまってもおかしくなかったところを、ソウル、フォークというルーツは維持しながらも、よりポップで、かつ彼なりの立場で2016年的なテーマを選ぶことによって、一気にシーンの中心へとカムバックしたのです。これはお見事。 (次ページへ続く)

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