「90s R&Bリバイバル」は実はシーンの隠し味

 本当は、The Weekndの特集に合わせて掲載する予定だった話を今させてほしい。
 ここ数年、「R&Bのニュー・ジェネレーションが面白い」みたいな話を、日本のインディ・ロック界隈で耳にする。それも、それ以外にあまり新旧のR&Bの体験がなさそうな人が急にそう言いはじめているような雰囲気も感じられるときがあり、「流行りの力って偉大だね」と改めて思わされるときも少なくない。
 ただ、これは当該のThe Weekndやミゲル、ドレイクあたりを聞いても思うことだし、昨今のアメリカ映画などを見ても思うことだが、僕にはこれらの音楽を「新しい」というよりはどこか「なつかしい」と思うことの方が多い。で、さらに言ってしまえば、「当の欧米のThe Weekndのリスナーにしたって、みんなが新しいと思っているわけでなくて、僕のように感じている人は案外多いのではないだろうか」とも思えて仕方ないのだ。そうでないと、The Weekndが世界数十カ国で1位になるほど広がることは考えられないのだ。
 そこで今回は。ここ数年のポピュラー・カルチャーで90sのR&Bがいかに再注目されはじめているか。それについて語ろうと思う。

「90s R&Bのリヴァイバル」を感じた瞬間

 僕が「もしかして今、90sのR&Bって戻って来てるの?」と思った瞬間は映画によるものだ。
その最初のきっかけとなったのがこれだ。
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 チャニング・テイタムの出世作となった2012年の映画「マジック・マイク」の中で使われていたジュニュワインの「Pony」を聴いたときだ。この曲は96年に全米22位まであがった曲だが、後のスーパー・プロデューサー、ティンバランドの初期の代表的ヒットのひとつでもある。
 これを見たとき僕は、「今頃、この曲を面白い使い方、するもんだな」と意外に思って関心したものだが、それから数ヶ月後に、今度はこういう引用があった。
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 同じ年に公開された「ピッチ・パーフェクト」から、ブラック・ストリート、96年の全米No.1ヒット「No Diggity」。これもこの当時のトップ・プロデューサー、テディ・ライリーの手がけた曲だ。この映画は今年続編が公開されたが、そこでも90sのRR&B/ヒップホップ・メドレーが披露されている。

 このとき思ったことは、これらの映画の20代後半〜30代前半の世代の役者たちにとっては、このあたりのR&Bというのはおそらく「子供時代の思い出の曲」なのだろうな、ということだ。生年月日で言えば1980年代の生まれだから、90sといえばまさにティーンエイジャー。しかも、この当時のR&Bヒットと言えば黒人やこのジャンルのファンだけが聴いていた訳ではじゃなく、ラジオひねったり街を歩いていたりして自然と耳にしていたものでもあり。そんな感覚は、他にも、ジミー・ファロンやアンディ・サンバーグといったコメディアンのジョークのネタにも90s R&B/ヒップホップへのオマージュものが少なくないことでも感じられることでもある。

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そうしたことがあらかじめ頭にあったからなのか、僕ははじめてこの曲を聴いたときに、「なんて90sなR&&Bなんだ」と随分驚いたものだった。

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「フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ」自体は随分退屈なエロ・ロマンス映画だったが、この曲が流れた瞬間だけは背筋がピンとしたのをよく覚えている。ウィークエケンドのことはもちろん彼がインディ・メディアの寵児になっている頃から知ってはいたが、ここではそんなこと関係なしに、トニ!トニ!トニ!やテヴィン・キャンベルといった90sのR&Bの人気アーティストを思い出してしまった。それは、彼の高くて細い声質が似てるというのもあるのだが、あの当時の、練り上げられた芳醇なメロディ・センスによるところも大きいと感じた。

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 そして、こうも感じた。「The Weeknd以降のインディ発のR&Bアーティスト」がやりたいことって、こうした90sのR&Bが持っていた優れた感覚を取り戻すことなのでは、と。

 あの頃を振り返るに、R&B/ヒップホップというのは、活性化されたジャンルのひとつだった。80sの頃には黒人だと限られたアーティストが、白人好みに洗練化されたりロック化されない限りは受け入れてもらえなかった。ところがヒップホップの台頭でストリート感覚が黒人のみならず白人を含めたメインストリームの層に浸透すると、そこから堰を切ったように才能が世に噴出した。あの頃のシンガーは本当に実力に溢れていたし、それを手がけるプロデューサーも、アルバム1枚トータルでまかされることなんて当たり前だった。そうやって実力を持った人材がひしめきあって、切磋琢磨しあっていて、僕もロックファンながらそれを追うのが楽しかったものだ。
 それが、ちょうどトゥパックとノトーリアスBIGが東西抗戦で共に殺された後くらいからR&B/ヒップホップが極度にビジネス化されてしまった。流行のサウンドは画一化し、同じプロデューサーがどのアルバムにも顔を覗かせ、人気アーティストのアルバムも、いろんなプロデューサーの楽曲詰め合わせで当たり前になり、アルバムをトータルで聴かせてうなりたくなるようなアーティストはほんの一握りの実力者に限られるようになった。90sには美メロを堪能できるジャンルだったのに、実力派のメロディ・メイカーも目立たなくなり、楽曲的にも随分雑になったように感じられた。
 The Weekndたちがインディから出てきた背景には、クリエイティヴィティを失ったメジャー主導のR&B/ヒップホップに、90sまでにあった同ジャンル本来の創造性を思い出させたい気持ちがあるのではないか。僕にはそんな風に思えて仕方がないし、あの頃の名曲を無意識に覚えている人の中にも、潜在的にそういうかすかな欲求が重なった結果での現在のインディR&Bのブームなのではないのだろうか。もちろん、その昔のR&Bなるものを知らない若い人たちにとってそれは新鮮に聞こえるだろうから、効果はさらに倍加した、というのもあるだろう。
 そして、実際に90s組のリヴァイヴァル現象も起こっている。昨年の暮れにはディアンジェロが14年ぶりに発表した新作が熱狂的に迎え入れられ、この夏には西海岸ギャングスタ・ヒップホップ伝説のパイオニア、N.W.A.の伝記映画「ストレイト・アウタ・コンプトン」も、一見、マニアックな題材に見えながらも全米映画興行成績で3週連続1位となる大ヒットを記録している。このあとに更に何かが続いたとしても全く不思議なことではない。(沢田太陽)

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