[Album Review] Kurt Vile – b’lieve i’m goin down~ベテランも認める職人のマイペースな探究

在籍していたザ・ウォー・オン・ドラッグスを脱退してから約3年、通算4枚目となるソロ・アルバム『Smoke Ring For My Halo』(2011)で英米多数のメディアの年間ベストを総ナメ、ソロ・アーティストとしてブレイク。そしてそのフォロー・アップとなる『Wakin On A Pretty Daze』(2013)でまたしても高評価を獲得、全米41位というこの手のインディ・アーティスト、シンガー・ソング・ライターとしては十分すぎるチャート・アクションもあり、カート・ヴァイルの名は10年代の北米のインディ・シーンから切り離せなくなった。

アニマル・コレクティブのパンダ・ベアやディアハンターのブラッドフォード・コックスなどここ10年余りの北米インディ・シーンの重要アーティストからソニック・ユースのキム・ゴードン(本作のバイオグラフィも執筆)やサーストン・ムーア、ダイナソー・JrのJ・マスキスなどその道ではレジェンドと言っても過言でないベテランからも賛辞を浴びているのも彼を一流のシンガー・ソング・ライターたらしめるポイントである。彼のこれまでの作品、そしてこうしたキャリア上の流れを受けて新作『b’lieve i’m goin down』を聴いた筆者は、作品を重ねてもハズれなく聴かせてくれる温かい質感が心地よい上質なフォーク・サウンドに「クオリティ」という意味で信頼感を抱くとともに、もう10年が経過した彼のキャリアであるが、それでもそこかしこに感じてしまう不変の彼らしさに「アティチュード」という意味での安心感も抱いてしまうのだった。

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カート・ヴァイルといえば、ボブ・ディランやトム・ペティなどを彷彿とさせるボーカルと、それに相応したフォーク、ブルースなどのルーツ・ミュージックを徹底的に、かつ巧みに昇華したサウンドがスタイルであり、彼のミュージシャンとしてのベースとなるアイデンティティを決定づけているのはもはや説明不要の領域。前作は「彼の作品の中で最もバラエティに富んでいる」なんて評されることもあったが、本作でも「I’m An Outlaw」におけるバンジョーや、「Life Like This」でのシンプルに和音を奏でるピアノなど新たな要素を聴くことが出来る。しかし、それらは断片的な変化で全体的なサウンドの雰囲気は前作における、広大さを感じさせるアメリカーナ、あるいは西海岸風なロック・サウンドを継承している印象だ。多くのインディ・ロックファンにとって彼のスタイルは既に定義づけされている。にも拘わらずそこからの脱却に挑もうなんて気配は大概伺えないのだ。

彼は本作の制作を始めるきっかけとしてマリ共和国のバンド、ティナリウェンとのセッションを挙げている。アメリカという国のミュージシャンたちによって創始され、展開されてきた音楽をルーツとする彼だが、ここでは全く離れた地に出自を持つバンドから受けた刺激を自分の作品に落とし込んでいる。他にも前作から引き続いて参加したウォー・ペイントのドラマー、ステラ・モズカワやスチール・ギター奏者のファーマー・デイブ・シェールといった面々に加えて、新たに、サイケデリック・フォーク・バンド、ウッズの元メンバー、ケヴィン・モービーと、カンパニー・オブ・シーヴスのヴォーカリスト、ジェネヴィエーヴ・シャッツの2人をコーラス隊に招聘しているとのこと。新たな作品に取り掛かるにあたって彼は、ビッグ・ネームに安易に頼ったりトレンドとなっているサウンドのスタイルにアプローチすることで新たな方向性を志向してみるというよりは、自分の耳が本当に気に入ったアーティストやサウンドを用いることによって、細かな部分で自身の音楽を探究し続けているといえる。総じて彼は、地に足をつけ自分らしいサウンドを確立させながらも、日々新たに自分なりのペースでルーツを追い求め続けているのだ。

BPMの速い曲は皆無と言っていい。彼の作品の中では時間はゆっくりと流れる。我々を急かそうとはしない。「流行を気にしろ」なんてことも絶対に言わない。鏡に映る自分について、孤独な自分について、大層なことなんて起こらない日常について、内省的な方法で言葉にしていくのだ。「ぼくみたいな、ぼくみたいな、ぼくみたいな人生を生きたい?」(「Life Like This」)とあるように、自分の人生についてはあくまで皮肉めいていて、ポジティブに語りはしないのだが、だからといって世間の流行に目を向けようともせず、世界中のあらゆる不条理も彼は叫ばない。そんな自分の人生も嫌じゃないと思っているのだ。
孤独を生きる人についても「ある人は心の平穏を得るためにお辞儀を何度もし寺にも行こうとする」といった風に喩えながらも、「そういう場所は君の住む家に、戸棚に、あるだろう」と諭してくれる。彼にとっての安心できる場所、思いにふけられる場所は紛れもなく自分の部屋であり身近なところなのだ。本作について語られるときに多く引用される彼自身の言葉にはこんなものがある。「誰も僕のことを待っていない状態で、うちの長椅子で悲しい曲を書くやり方へ戻りたい」。

4つか5つだけコードを取り出し、同じようなフレーズの繰り返し。一曲の中でも作品の中でも明快なハイライトは特に作らない。詩の方も、何かにプロテストするでもなく、エモーショナルな愛情表現があったりするわけでもない。ただ、身近なところで生まれる孤独なつぶやきを、先人の伝統に乗っ取ったストーリーテリングの手法で語っていく。ただただそれを続けるだけ。世間の流行に敏感であることにも、遠くにいる私に訴えるような強いメッセージの数々も彼に期待する必要はない。本作はそんな、ドラスティックな変化など好まず自身とその周囲を見つめ続ける男が、マイペースに自身のルーツをより深く追求する作品である。きっと10年後、20年後も彼のこのスタイルは変わっていないだろう。そういう意味でも40枚近くのアルバムを発表し、今年発表した『Shadows in The Night』は全編カバーで仕立て上げるなど周囲の声などに動かされないままにマイペースに活動を続けるボブ・ディラン、こちらも同じく決定的なヒット作を生み出さなくともコンスタントにアルバムを発表し続けるニール・ヤングとも似ているといえる。そう、彼はサウンドのみならず、一人のミュージシャンとして、こうしたシンガー・ソング・ライターのレジェンドたちと同じ道を歩んでいくのかもしれない。(山本大地)

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Kurt Vile

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