[Album Review] A$AP Rocky – At. Long. Last. ASAP ~成長しても変わらぬ処世術

ヒップホップというジャンルにとって切っても切り離せない「ドラッグ」。昨今のシーンでは、その「ドラッグ」に対するスタンスはラッパーによって様々だ。「ポジティブ・アイコン」としてシーンやストリートの若者の間で絶大な影響力を誇るケンドリック・ラマーは、ドラッグに対しては決してポジティブではなく、むしろ自戒も込めて「ストリートから消えていけばいい」という感じ。ではドラッグ・ディーラーであった過去を持ち、正にギャングスタラップを極めるスクールボーイQの場合はどうか。ドラッグでイカれた彼に対する娘の「What’s wrong Daddy?(どうしたのパパ?)」という声が印象的な「Prescription / Oxymoron」でわかるように、結局はドラッグへの依存から抜け出せないものの、そこには葛藤や、改善を試みることに対する彼の意志も見えなくはない。ヒップホップの中では際立って真面目な性格のケンドリックとそれに対してギャングスタであるQ。シーン代表格の2人の、ドラッグとの向き合い方は、決して「ポジティブ」ではないという点で共通しているかもしれない。

 では、ヒップホップ・シーンの西の代表がケンドリックなら東からはこの男、「ファッション・キラ」、「プリティ・フラッコ」等多数のニックネームを持ち、多方面から厚い支持を受けるエイサップ・ロッキーの場合はどうか。彼にとってのドラッグとは、単に人生を楽しむためにも、辛いことから癒されるためにも、欠かすことの出来ないもののようだ。この度リリースされた、彼のセカンド・アルバムとなる『ALLA(アラ)』こと『At.Long.Last.A$AP』 からは、それがありありと見てとれる。

本作について語るうえで欠かせないのが、彼の所属するヒップホップ集団エイサップ・モブの創設者でもあり、彼の作品を作るうえでも重要な役割を果たしてきた盟友、エイサップ・ヤムズの本作レコーディング期間中の死であろう。ヤムズの死因はドラッグの過剰摂取ではないかとされている。本作のアートワークのエイサップ・ロッキーの顔には、ヤムズの顔の右側にあった大きなアザがわざわざ付け加えられており、パッケージを見た時点でヤムズの死からの影響は明らか。また、エイサップ・ロッキーは目下ヤムズの遺作を完成させることに必死だ。本作全体にどこか内省的な雰囲気が感じられることからもヤムズの死の影響は少なくないことがわかるだろう。
では、果たして盟友の死を前に彼はドラッグと距離を置こうとするのだろうか。改心を試みるかと思いきや、本作からはそんな様子はまったく感じられず、むしろ「ドラッグへの愛でいっぱい」。冒頭で述べた通り、スクールボーイQは娘の誕生が彼のドラッグとの葛藤に幾ばくか関連しているように思えるのに比べて、ロッキーの場合は盟友の死という悲劇が起き大きく心を痛めても、本作の中で大きな存在感を放つドラッグ、そして、それと切っても切り離せない女性、セックスへの依存、心酔は止むことがないのだ。

彼のドラッグへの溺愛っぷりがわかりやすく感じられる曲のひとつが、本作にプロデューサーとしても大きく貢献しているジョー・フォックス、現シーンの顔のひとりでもあるフューチャー、そしてM.I.Aも参加している「Fine Whine」だ。この曲で扱うドラッグ「リーン」は見るものすべてをスロウに見せる作用がある。それを連想させるスロウなジョー・フォックスのイントロは、「This Love Won’t Last Forever(この愛は永遠には続かない)」と現実を突きつけ、ロッキーの歌うフックでは傷つく男女の心を癒すために、嫌なことを忘れさせるために、「スロウ、スロウ」とリーンが使われる。更にこれに続くフューチャーのヴァースでもまた、心の痛みを和らげるためにドラッグが用いられる。男女関係の崩壊こそがテーマのこの曲だが、その裏で「心の傷を癒すため」としてのドラッグの存在があまりに大きい。ちなみに、本作中に登場する唯一の女性アクトとしてロッキーの恋を女子目線で描写するM.I.Aだが、ここでは敢えて目印の攻撃的なラップを封印。むしろ弱々しくラップすることで、傷ついたロッキーの恋人の心を表現しているようだが、これが何とも心を打つ、ということも記しておこう。
続く楽曲でも彼のドラッグと女への愛は高らかに語られている。「L$D(Love×Sex×Dreams)」では、女とドラッグ(LSD)への愛を同列に扱い、「Jukebox Joints」では「I’m tripping off the acid, now your ass is looking massive」と、acid(=LSD)によって普通のサイズであるはずの女のケツまでデカく見えてしまうのだ。ここではドラッグによる幻覚作用は、苦しみを与えるネガティブなものとしてではなく、女の魅力を高め、更に楽しむためのものとしていわばポジティブに表現される。本作のほとんどの曲で繰り返されるドラッグへの言及、そして同時に語られる彼の女性への愛、いやもっと正確にいうなら女性への「敬愛」は、まるでロッキーにとって人生のすべては「女性への愛」であり、「セックスやドラッグにおける快楽」だと言っているようだ。 

サウンドの面でも、ドラッグ摂取によるユーフォリア(多幸感)の表現が試みられている。例えば「Excuse Me」の場合、浮遊感あるサンプリング・フレーズの繰り返しで始まるが、そのフレーズが、幻想から目が覚めたかのように一旦止められる場面が何度かある。サビではそこから一転、絶頂を表現するかのようにどこか違う世界にイッたような感覚にさせてくれる、これ以上ないドリーミーなサウンドが展開される。ハイになろうとしてもなり切れず「幻想なんだ」と目が覚めたり、それでも精神的な痛みから逃れるためにドラッグに手をのばし、束の間の強い快楽に浸りこむ様樣をリリックのみならずトラックからも感じとることができる。一貫してサイケデリックかつドラッギーなこのサウンドの追求により、90年代のニューヨーク的な音からの影響が強く感じられた前作から、彼の音楽的素養は更に広がった。そうした彼の音楽的な成長が感じられるのも本作の優れた点である。もちろんデンジャー・マウスや新鋭ジョー・フォックス、前作から参加しているジム・ジョンシンらプロデューサー陣の助けは大きいものであるが、本作に参加しているマーク・ロンソンがインタビューの中で、「俺が今まで聴いたことない凄い音楽をたくさん流してくれたんだ」と語り彼の音楽知識の豊富さに驚かされたことを語っているように、彼の多方面に渡って積極的に音楽を吸収しようとする姿勢がこれを可能にしているといえるかもしれない。エイサップ・ロッキーの音楽的なポテンシャルの高さと、そんな彼の、盟友の死にも揺るがぬドラッグ愛が全編にいかんなく発揮された皮肉にも痛快な作品だ。(山本大地)

YouTube Preview Image
アット・ロング・ラスト・エイサップ アット・ロング・ラスト・エイサップ
エイサップ・ロッキー

SMJ 2015-06-16
売り上げランキング : 5650

Amazonで詳しく見る by AZlink

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です